石山センター 開設35周年を迎えて                理事長 芝木 厚子

 今この原稿に向っていながら窓の外を見ていると、とても気持ちのいい秋の空が見えています。
 35年前をふり返ると、とてつもなく長かったような、あっという間だったような、でも時間の経過は私の中にしっかり残っています。
 母は幼稚園を造った時から教育は平等でなければならない。ただ区別をしなければいけない時もあると考え、幼稚園の中で多くの障がい児が一緒に保育を受けました。
 多くの障がい児の御父母の皆様に請われ、母も自分の最後の仕事として大人になった方を対象とした「石山センター」を手掛けることになりました。
 スタートしてからはどれをとっても驚きばかりでした。小さい子だったら喜んでも泣いても怒っても、全て胸に寄せ抱いたり、頭を撫でたり頬を撫でたりと、心が通う表現で仲良しになれましたが、大人になった利用者の皆さんは、そうはいきませんでした。
 センターに来て「そういうことなんだ」と改めて思ったことは、“ずっとセンターにいる人達なんだ”“ずっとセンターで支えていかなければならないんだ”ということでした。
 利用者の皆さんも、職員も、自分も育った環境は違うけど、いろんな所から集まってここにたどりつきました。
 この原稿を書いていて、朝家を出たら親の所に行き「行ってきます」、帰ったら今日一日の出来事を話し、夕飯を食べては家に帰りました。遅くなり、夜ごはんの材料を買って帰り、仕度をしようとすると母は「今日はおそばを食べたい」と言い、おそば屋さんに連れて行かれました。こんな時間から食事の仕度をさせたくないという親心を思い出しました。
 その父も母も、もういません。35年の中に、利用者の皆さん、そのご家族、職員の方達、私を支えてくださった友人、私の家族に感謝の心で「故郷」のうたを書かせていただきます。